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蜜蜂と遠雷

今回紹介する作品は、芳ヶ江国際ピアノコンクールに一次審査二次審査と挑むいずれも天才ピアニストピアノの4人…、栄伝亜夜(松岡茉優)と、音楽家ホフマンに才能を認められ師事していた、しかも栄伝の母親から幼少の時にピアノの個人レッスンを受けていた風間塵(鈴鹿央士)、楽器店に勤務しながら「家庭の音楽」を目指すピアニストの高島明石(松坂桃李)、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)が競い合う音楽映画『蜜蜂と遠雷』(2019年公開、石川慶 監督)でした。

 

そもそも、コンクールの審査過程をそのまま全て描く恩田陸の原作小説が大変特異ですーね。いくら直木賞を取った作品とは言え、それをまた映像化するというのも大変異色だナと感じます。果たしてこの映画は音楽を介して「何を?」映像化したかったのかな…???と、考えた時に、映画の中で自分の幼女に音楽の素晴らしさを教える栄伝亜夜の母親が、ピアノの前で周囲の自然のかすかなの音…風の音、雨の音、風の音、小鳥の声をー、ピアノの音で鍵盤の中で奏でることを教えていました。そして「自然は音に満ちているんだよ…」と耳に囁く。あたかも、それが音楽の美しさであり神秘なのだよーと教えているようでした。私は、この映画の題名「蜜蜂」と「遠雷」はそもそも意味がよく分からなかったですが、音楽のすばらしさを人間の耳と体が体感する自然が奏でる音の醍醐味を象徴しているのだーと気がつきました。4人のピアニストが海岸を散策するシーンがある…。遠くの空に雷の光が発光し、雷の音が響く。ア~すべての自然の音を音階として感じ取る特殊な聴覚がこれで、この作品の題名なのかーと気がつきました。でも、原作には「蜂蜜」の描写があるのだろうが、エーでは「蜜蜂」は・・・?この映像の中では特に蜜蜂の羽音のシーンはなかったですーね。そもそもそ、ドレミファの音階そのものの起源を、社会学者のM・ウェーバは、あの有名な『音楽社会学』で、夜空に瞬く星空の星座から音階を説いています。どうも、石川慶 監督は、西洋音楽の合理性と「音」楽そのものの持つ非合理性と神秘性を描きかったのかなーと思いました。この映画で私は、改めて音楽の神髄を教えられた気がしました…。音を譜面にする音楽の合理性と、耳に音響する自然の音の神秘性は拮抗しながらここに描かれていました。

 

音楽領域での映画は名作傑作がたくさんあります。例えば、モーツァルトを主人公に、彼の生涯と死の謎を解くようなを『アマデウス』(1984年、ミロス・フォアマン監督、ピーター・シェーファー原作&脚本)は面白かったですーネ。邦画ではピアノの調律師を主人公にした『羊と鋼の森』(2018年、橋本光二郎監督、金子ありさ脚本、宮下奈都『羊と鋼の森』原作)は、音楽の裏方の音楽職人「調律師」の独特な世界が分かって興味が湧きました…。今回の作品もピアノコンクールの全貌が知れて、これもまた特異な世界が描かれていて興味がありました。